新潟笹口店オープン2019年07月18日

新潟県に初めての「高倉町珈琲」、新潟笹口店がオープンしました。
店長と働く仲間の皆さん、おめでとう。

今回驚いたのは、働く仲間の募集に対して400人もの応募があったということです。そのため、募集は途中で打ち切りました。多くの方の応募を得られたことは大変ありがたいこととうれしく思います。

前にお話しましたが、私達の計算では、日本中に150店の「高倉町珈琲」を出すことが出来ます。
その中で、新潟県には3〜5店出すことが出来ると思っています。

そして、今年は特に、「動き」の年、フランチャイズの新しい形に取り組んでいます。
それは、「地方(ローカル)」の「地域(エリア)活性化」です。
日本では、もともと、銀行がない時代から有望な商売人に対して「融資をして育てる」という気質がありました。私は、令和の時代になって改めて、「日本の良いやり方」をひとつひとつやり直すことが求められているように思います。「安さ」を追求することだけではなく、「お客様が毎日を気持ちよく、時間を楽しんで、喜んでいただくためには何をすればいいのか」をいつも考えて行動する必要があります。それが商売なのです。

「きれいな店で、おいしい飲み物と料理で、親切な接客で」お客様をお迎えする、それが高倉町珈琲です。
また、「いい人・いい店・いい会社」、働く誰もが成長して、お客様に喜んでいただく店にして、しっかりと利益を出す、そのことに全員で取り組みます。さあ、お客様をお迎えしましょう。働く皆さんには、大切な時間を使って、活き活きといい仕事をして欲しいです。皆さんの笑顔があふれるいい店、楽しみにしています。

やさしい社会2019年06月12日

80歳になって一年半が経ちました。体の反応が遅くなってきたなあとつくづく思います。

ずいぶんと忘れっぽくなりました。「メガネ・財布・スマホ」の三点セットを確認してから家を出ます。それでも、他に荷物があると、あっという間に何かを忘れます。
庭の水やりをしていて、蛇口を閉め忘れて水びたしにすることもありました。
ゴルフの飛距離はどんどん落ちてしまったのですが、ここしばらくはかなり頑張ったのでまた少し伸びて、スコアで負ける回数が減りました。これはうれしいことでしたが、その分、体の疲れが増えました。

でも、口数は減らず、しゃべるスピードは速くなるばかりです。これは私の元気の証拠です。
前にもお話しましたが、私が築地に入った時、おやじさんから「お前のしゃべり方と歩き方は遅い。それでは商売にならないよ。」と言われました。それからずっとしゃべるスピードをあげることに努力してきました。だから、今さらゆっくり話すことなど心がけてもとてもできないのです。おやじさんが「遅い」と言わなくなった時、それが商売人の条件をひとつ達成した時だったと思います。

おやじさんは、「いい商売をするには、速いしゃべりと歩き方が必要」ということをまず教えてくれました。そして、できるようになるまでは「遅い」「遅い」といい続けてくれました。何も言わなくなったということは「OK」という評価だったのです。褒める人ではなかったので、「叱らない」ということは私にとっての「合格通知」のようなものでした。

さて、ここでまわりを見回してみると、今の世の中には「やさしさ」が不足していると思います。
人を育てるには、「教えて」「ほめて」「叱る」ことが必要です。言われる側がうれしいこともいやなことも言ってやらないといけないのです。
それなのに、親が子に、先生が生徒に、まず「人としての基本」を教えていないように思うのです。
しなくてはいけないこと、してはいけないこと、それをしっかりと教えているでしょうか?
そして、こどもがしたことについて、「ほめる」「叱る」ことで評価をしているでしょうか?
教えないと叱ることもできません。

自分の家族に限らず、地図を見て困っている人、誰かに何かを聞きたい人、「やさしさ」が必要な場面は、手の届くところにいっぱいあります。そこでは、声をかけてみてはどうでしょうか? その様子を見た人は、何がいいことか、体感としてひとつひとつ身についていきます。

思いやりと親切、皆の「やさしい」行動で楽しくていい社会になりますね。
高倉町珈琲は、いい人が仕事をして、お客様から喜ばれるいい店を目指して、働く人が人生をかけるだけの意味のあるいい会社にしたいと思います。

伊勢龍の閉店2019年04月30日

前回は築地の移転のことをお話しました。
その理由は、実は、私の商売の原点となった店、「伊勢龍」が廃業することにしたと聞いたからです。

1955年、伊勢龍に就職した私は、4年間、8人分の食事を1日3食、つくり続けました。8人というのは、おやじさん、おかみさん、働く人は格上から順に、しんちゃん(高崎出身)、みっちゃん(金沢出身)、だっちゃん(名古屋出身)、こーちゃん、おやじさんの次男の省ちゃん、そして私です。その内の半分は亡くなり、二人は不明、省ちゃんとは今でも連絡が取れます。

よく話すことですが、就職した時には「食事づくりは新人が来るまで」と言われたものの、私が就職した後に世間全体では「就職難」が「求人難」に変わってしまいました。だから私の食事づくりは続いたのです。

その初めの頃、私はご飯を炊くのに苦労しました。一升炊きの釜にぎりぎりまでお米と水を入れて炊きますが、その足元はかまどではなく裸火のガスバーナー、すきま風でも吹くものなら三段めしになってしまいます。三段めしというのは、釜の中での米の環流がよくないために下が焦げ、真ん中は普通、上は炊け不足で固くなってしまうご飯炊きの失敗です。炊き始めの頃、私が炊いて何度か三段めしにしてしまうことがありましたが、おやじさんは「いいよ、平気だよ」と言って、ご飯の上に新聞紙を敷いて炭を拡げてふたをしてしばらく置き、焦げ臭さが減るようにしてくれたのです。私はそれが申し訳なくて、ダンボールで囲いをしたりしているうちに何とかうまく炊けるようになりました。その時のおやじさんの優しい見守りが今でも忘れられません。

先日、伊勢龍に行ってきました。木造の骨組みがしっかりしているので、2階も3階もそのままでした。
私達がベッドとして使っていた壁際の木造りの柵もそのまましっかり残っていました。おやじさんの別の子どもたちが店をやっていて、お客さんとのやりとりの言葉も店舗も築地そのままでした。

私が築地にいたのは60年前のこと、築地での4年間の生活全てが私の今日の基礎を作ってくれました。
メモの紙には裏紙を使うのは当たり前、輪ゴムは洗って使う、曲がったくぎは伸ばして使う、おやじさんの節約が思い出されます。人は誰に出会うかでその一生が決まるものだと、今日、改めて実感しています。
おやじさんと築地の皆さん、本当にありがとうございました。

高岡店オープン2019年04月22日

富山県に3番目の「高倉町珈琲」、高岡店がオープンしました。
店長と働く仲間の皆さん、おめでとう。

高岡店は、北陸地区で店を運営しているFC社の4店目の「高倉町珈琲」です。
最初の「金沢桜田」店は、先日オープンから満4年を迎えることができました。そして、一昨年には「富山飯野」店、昨年には「富山黒瀬」店がオープンしたのです。
ここまで来ることができたのは、経営者が「いい店を出してお客様に喜んでもらおう」という強い意志を持ち続けたこと、そして、店の存在がお客様に支持されるものになったからではないかと思います。

そうなると、店ばかりではなく会社としての信用力も高まります。お蔭様で高岡店では、銀行関係の方々からのご協力も今までに増して頂戴することができました。ありがとうございます。

そして、高岡店のオープン店長はフードビジネスの店長を20年ほど経験してきたベテラン店長です。
これまでの経験を活かした上で、「高倉町珈琲」の目指すべき店長として「いい人」を育てるために努力し、いい店づくりに磨きをかけてくれるものと思います。高岡店の皆さん、どうぞ一緒にいい仕事をしてください。

「きれいな店で、おいしい飲み物と料理で、親切な接客で」お客様をお迎えする、それが高倉町珈琲です。
いい仕事をすると笑顔もどんどん良くなります。働く皆さんには、大切な時間を使って、活き活きといい仕事をして欲しいのです。皆さんの笑顔があふれるいい店、楽しみにしています。