先日、初めて「ふるさと納税」をしました。
私の気持ちは、東京都に多額の税金を納めても何に使われているのかわからない、それならば、地方を元気にするために、思いのある出身地や応援したい自治体に寄付したい、それが基本でした。
しかし、現状は、明らかに「おかしい」です。
「ふるさと納税」を検索すると、まず出てくるのが、それを取り扱う仲介サイトです。
その中で、「金額別」「もの別」「こと別」「地域別」に自分で選べます。
納税者は、寄付するというよりも、タダでほしいものを入手する、ための場所になっています。
自治体と事業者は、「返礼品」のためのモノを無理に作っていないでしょうか?
返礼品のための返礼品ではなく、自信を持って作って・胸を張って送って・受け取ってその品質に満足してうれしい、それが返礼品の在り方です。
仲介業者は、自治体からの手数料を取るためにやっているように思います。
今年は「米」の返礼品の人気が高いというニュースがありました。
以前は、返礼品の偽装や違反が出たことがありました。
「もの」で大人気の自治体は、寄付金をどう使っているのか心配になります。
それなのに政府は「成功した」と言う、これはどういうことなんでしょう。
返礼品の対象事業者を決めて、受付発送を扱い業者にさせて、商品代と手数料を払って、礼状はオンラインで届く、それで寄付金はどれだけ有効なのでしょう。私が「返礼品なし」で探すとほんの少しの自治体しかありませんでした。そこで、その村に申し込むと、村長からの礼状が届きました。
誰のための、何のための、制度なのか、しっかりとした見直しが必要です。
大都市ではない小さな地方の市町村に、多くの人が目を向けることに成功したのは確かです。
だから、もう「返礼」というシステムを見直し・変更すべき時になったはずです。
日本中のたくさんの地方の市町村を、本当の意味でもっと豊かになるようにしたいのです。
メディアの責任、売ることの責任2025年09月08日
先日、国民生活センターの発表に次の内容がありました。
「2024年のテレビ通販のトラブル相談件数は8,705件、契約当事者の年齢は70歳以上が77.4%」
私は、この10年ほど、テレビの通信販売のCMを見て電話注文したことが何度もありました。
そして、実際に使ってみて「おかしいな。話が違うぞ。」と思ったのがほとんど毎回のことでした。
自分の会社の商品のいいところを見せて、「だから買ってくださいね」というのは当然のことです。
食品ならば、その成分は表示を見たらわかります。
インターネット通信販売ならば、商品仕様を見たらわかります。
でも、テレビでは映像と声の説明がほとんどです。そして、時間と勝負、今だけですよという呼びかけについ、「すぐに注文しよう」という気になるのです。
買うのを決めたのは私本人です。
ただ、実際に使ってみると、見たようには使えなかったのです。
今は、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌だけではなく、私達に届くメディア(媒体)としてはインターネット・SNS・その他多種多様なものがあります。その中でメディアは、CMでもショップ番組でも、商品についての責任を負う必要があると思うのです。
コンビニでも飲食店でも食品メーカーでも車の会社でも、自社の商品に不具合があればすぐに、販売中止・回収・交換するのは当然です。それなのに、CMや通信販売に時間の枠を提供しているテレビ局やメディアは、「場の提供」「枠の提供」をすることで「収入を得ている」だけで、その中身や商品には責任を負っていないのです。
前につきあいのあった肉屋さんに聞いた話です。
テレビショッピングの話が来たので、商品を用意したところ、価格の決定権はテレビ側にあり、「手数料」として上乗せした価格を決定しての放送になったそうです。それが売れたというのです。
肉屋さんは損をした訳ではありません。でも、消費者は「知らないうちに高く買わされた」という不信感が生まれるのではないでしょうか?
商売は、売れないことには先がありませんが、「売れるからこれでいい」「儲かるからこれでいい」だけでやり続けるだけではいけないんです。「うそ」と「インチキ」はもちろんダメです。
「真面目にコツコツ」を忘れたら商売が続かないのです。商売は「信頼」ですよ。
「2024年のテレビ通販のトラブル相談件数は8,705件、契約当事者の年齢は70歳以上が77.4%」
私は、この10年ほど、テレビの通信販売のCMを見て電話注文したことが何度もありました。
そして、実際に使ってみて「おかしいな。話が違うぞ。」と思ったのがほとんど毎回のことでした。
自分の会社の商品のいいところを見せて、「だから買ってくださいね」というのは当然のことです。
食品ならば、その成分は表示を見たらわかります。
インターネット通信販売ならば、商品仕様を見たらわかります。
でも、テレビでは映像と声の説明がほとんどです。そして、時間と勝負、今だけですよという呼びかけについ、「すぐに注文しよう」という気になるのです。
買うのを決めたのは私本人です。
ただ、実際に使ってみると、見たようには使えなかったのです。
今は、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌だけではなく、私達に届くメディア(媒体)としてはインターネット・SNS・その他多種多様なものがあります。その中でメディアは、CMでもショップ番組でも、商品についての責任を負う必要があると思うのです。
コンビニでも飲食店でも食品メーカーでも車の会社でも、自社の商品に不具合があればすぐに、販売中止・回収・交換するのは当然です。それなのに、CMや通信販売に時間の枠を提供しているテレビ局やメディアは、「場の提供」「枠の提供」をすることで「収入を得ている」だけで、その中身や商品には責任を負っていないのです。
前につきあいのあった肉屋さんに聞いた話です。
テレビショッピングの話が来たので、商品を用意したところ、価格の決定権はテレビ側にあり、「手数料」として上乗せした価格を決定しての放送になったそうです。それが売れたというのです。
肉屋さんは損をした訳ではありません。でも、消費者は「知らないうちに高く買わされた」という不信感が生まれるのではないでしょうか?
商売は、売れないことには先がありませんが、「売れるからこれでいい」「儲かるからこれでいい」だけでやり続けるだけではいけないんです。「うそ」と「インチキ」はもちろんダメです。
「真面目にコツコツ」を忘れたら商売が続かないのです。商売は「信頼」ですよ。
商売は楽しい2025年09月03日
「お客様のために役に立ちたい」という商売の基本が忘れられてしまうことが増えています。
例えば、日本のスーパーマーケットは、1960年頃からチェーンストアとして拡大し、ビッグストアとなったのですが、今はどうでしょうか? 縮小・閉店・売却が続いて、存在感がありません。そうなってしまった原因は、今とこれからのお客様の生活には何が求められていて、どうすれば喜ばれるのかということが、置き去りにされてしまったからではないかと思うのです。時代の流れに応えることが出来ていないのです。
そして、その閉店した場所に新しく開店しているのが、新しい形のスーパーマーケットチェーンです。
ポイントカード制度はない、支払は現金のみ、ペットボトルは冷えていない、CMでやっている大手食品メーカーの商品は置いていない、それなのにお客様が殺到しているのは何故でしょうか? 私は、それはお客様が、その店がやっていることに価値を感じているからだと思います。1%のポイントがもらえるより5円安い方がいい、ペットボトルは箱買いだから家の冷蔵庫で冷やせばいい、自社のプライベートブランドでお客様に喜んでいただけるおいしいものを作る、だから、その店に行くんです。
お客様が欲しいと思う味と量と価格、その全体的な価値があると思ってくださるからです。
商売は、お客様のために地道にコツコツと新しい提案を続けることなんです。
それをサポートするために、仕組みを整えてムダをなくすのが「経営」、お金で支えるのが「投資」です。
いい商売といい経営の結果、「儲け」としての利益が出て来ます。絞り出すものではないのです。
喜んでいただいて、「ありがとう」まで言っていただけたら、本当にうれしいですよね。
例えば、日本のスーパーマーケットは、1960年頃からチェーンストアとして拡大し、ビッグストアとなったのですが、今はどうでしょうか? 縮小・閉店・売却が続いて、存在感がありません。そうなってしまった原因は、今とこれからのお客様の生活には何が求められていて、どうすれば喜ばれるのかということが、置き去りにされてしまったからではないかと思うのです。時代の流れに応えることが出来ていないのです。
そして、その閉店した場所に新しく開店しているのが、新しい形のスーパーマーケットチェーンです。
ポイントカード制度はない、支払は現金のみ、ペットボトルは冷えていない、CMでやっている大手食品メーカーの商品は置いていない、それなのにお客様が殺到しているのは何故でしょうか? 私は、それはお客様が、その店がやっていることに価値を感じているからだと思います。1%のポイントがもらえるより5円安い方がいい、ペットボトルは箱買いだから家の冷蔵庫で冷やせばいい、自社のプライベートブランドでお客様に喜んでいただけるおいしいものを作る、だから、その店に行くんです。
お客様が欲しいと思う味と量と価格、その全体的な価値があると思ってくださるからです。
商売は、お客様のために地道にコツコツと新しい提案を続けることなんです。
それをサポートするために、仕組みを整えてムダをなくすのが「経営」、お金で支えるのが「投資」です。
いい商売といい経営の結果、「儲け」としての利益が出て来ます。絞り出すものではないのです。
喜んでいただいて、「ありがとう」まで言っていただけたら、本当にうれしいですよね。
米の見直し2025年06月16日
随意契約による備蓄米の販売が全国に拡がったというのが先週のニュースでした。
テレビでも、夜中から並んで「やっと米が買えた」「これでご飯を食べられる」「ありがたい」「うれしい」と喜ぶ人の顔を毎日出していました。ネットでは、大臣の言葉の揚げ足を取るような批判らしいもの、卸会社を叩くこと、農家の困惑や生産者の思う適正価格など、細かいことが多く出ています。
この間に、「農水省発表の数字と生産量の違い」や「消費者の立場」という言葉が大臣やメディアから出始めたのはひとつの変化です。しかし、それだけでは前に進みません。
今は、皆で米のこと全般を知り・国全体で新しいしくみを考えて作り直していくことが必要な時期です。
1942年、今から83年前の戦時中に制定され1995年に廃止されたのが「食糧管理法」(食管法)です。
国が食糧(米や麦など)の需給と価格の安定のためにその生産・流通・消費にわたって政府が介入して供出価格や料を決定していました。戦時中の「配給」という流通しかなかった時代にできた法律です。
私は当時5才、満洲にいたので日本国内の様子は知りませんが、開拓団長の父が「開拓団が開拓している土地ではまだ収穫がなく、団員の食べる米がなくて日本に帰って何度も交渉していた」という話を聞かされましたから、本当に食べるものがなかったのだと思います。
1990年代に入り、私は数千店のレストランでお客様に食べていただく米を安くておいしくするために、米の生産・仕入・流通について県の経済連(農協の集まり)と直接取引をしました。その後、JAを経由しない米の流通がどんどん拡大したのです。築地の魚市場が豊洲に移ったのと同じ状況が起きています。
魚が漁港からスーパーに直送されているように、米も生産者から消費者に直送されている、卸売市場の場外流通量が市場を経由する量を超えているから、豊洲も店の空きが多いのです。
私が買っている米は、JAの流通に乗っていない米屋で買っているので今年の値上げは上がっても2割でした。つまり、正規の流通に乗って商売をしている米屋が、農協の持つ米が出ないので入荷ができずに潰れている、それは今の仕組みが時代に合わないから、機能していないということです。
もう、国が管理する時代ではないのです。
国は、生産者(規模・土地)に対してどんな政策を出すのか、それに注力すべきです。
生産者は、いい米をつくって消費者が喜ぶ農業をしてほしいです。
JAは、消費者と農家のためになることをしないならもういらないのです。
消費者は、正しいやり方だと思う農業・製品を応援してほしいです。
100年に一度の機会、皆で未来に向けて行動しましょう。
テレビでも、夜中から並んで「やっと米が買えた」「これでご飯を食べられる」「ありがたい」「うれしい」と喜ぶ人の顔を毎日出していました。ネットでは、大臣の言葉の揚げ足を取るような批判らしいもの、卸会社を叩くこと、農家の困惑や生産者の思う適正価格など、細かいことが多く出ています。
この間に、「農水省発表の数字と生産量の違い」や「消費者の立場」という言葉が大臣やメディアから出始めたのはひとつの変化です。しかし、それだけでは前に進みません。
今は、皆で米のこと全般を知り・国全体で新しいしくみを考えて作り直していくことが必要な時期です。
1942年、今から83年前の戦時中に制定され1995年に廃止されたのが「食糧管理法」(食管法)です。
国が食糧(米や麦など)の需給と価格の安定のためにその生産・流通・消費にわたって政府が介入して供出価格や料を決定していました。戦時中の「配給」という流通しかなかった時代にできた法律です。
私は当時5才、満洲にいたので日本国内の様子は知りませんが、開拓団長の父が「開拓団が開拓している土地ではまだ収穫がなく、団員の食べる米がなくて日本に帰って何度も交渉していた」という話を聞かされましたから、本当に食べるものがなかったのだと思います。
1990年代に入り、私は数千店のレストランでお客様に食べていただく米を安くておいしくするために、米の生産・仕入・流通について県の経済連(農協の集まり)と直接取引をしました。その後、JAを経由しない米の流通がどんどん拡大したのです。築地の魚市場が豊洲に移ったのと同じ状況が起きています。
魚が漁港からスーパーに直送されているように、米も生産者から消費者に直送されている、卸売市場の場外流通量が市場を経由する量を超えているから、豊洲も店の空きが多いのです。
私が買っている米は、JAの流通に乗っていない米屋で買っているので今年の値上げは上がっても2割でした。つまり、正規の流通に乗って商売をしている米屋が、農協の持つ米が出ないので入荷ができずに潰れている、それは今の仕組みが時代に合わないから、機能していないということです。
もう、国が管理する時代ではないのです。
国は、生産者(規模・土地)に対してどんな政策を出すのか、それに注力すべきです。
生産者は、いい米をつくって消費者が喜ぶ農業をしてほしいです。
JAは、消費者と農家のためになることをしないならもういらないのです。
消費者は、正しいやり方だと思う農業・製品を応援してほしいです。
100年に一度の機会、皆で未来に向けて行動しましょう。