「食べる」ということ2017年05月19日

「機能性食品」「低糖質」「高タンパク質」「乳酸菌」、このところ、飲み物も食品もレストランのメニューも「機能」「効能」をアピールしているものがあふれています。また、「〇〇が体にいい」「〇〇ダイエット」という言葉で始まる広告やCMは、何十年もの間いろいろと「〇〇」の部分が変わりながら本当に毎日流れています。でも、そんなに良いものばかりなら、どうしてもっと国中の人がもっと健康にならないのでしょうか? どうして医療費が増え続けているのでしょうか?

私が最近思うのは、「もっと食の基本を大事にしたい」ということです。
テレビCMで出している会社がありますが、「体は自分が食べたものでできている」のです。
自分の口で食べて、体を動かす、それが毎日の生活の原点です。
 ずいぶん前のこと、「高齢の女性が病気になり、抗生物質を投与したが効かなかった。」という新聞記事を読んで怖くなったことがありました。「その人は鶏肉が大好きで、いつも鶏肉ばかり食べていた。」という添え書きに、その頃は家畜の病気予防のために鳥や豚や牛の餌に抗生物質を混ぜていた会社があったことを思い出しましたから。

私は食べることの恐怖をあおりたいのではなく、自分が食べるものについては、「作る人」や「売る人」がいうことは一つの情報として受け止めた上で、自分の判断で選んで食べるということについてもっと強く認識する必要があると思うのです。なぜなら、CMや広告では「商品の欠点」を言うことは決してないのですから。

病気になった人が、食事の制限や制約により自分の「食」を見直して食生活を変える必要ができて苦労している話をよく聞きます。そうなると、家族や食品会社やレストランのサポートが本当に必要となりますね。これからますます企業が「健康」のための提案をすることが求められます。サプリメントはあくまでも「補助」、これさえ飲めばよいというものではないと思います。

例えば、家も服も食べ物も「害がないこと」が最低限必要なことだとしたら、住みやすい家・肌にやさしくてきれいな服・おいしくて体にいい食品が安全の基本、気持ち良く快適にさせてくれることが「価値」なのではないでしょうか?

私も「おいしいもの」「好きなもの」「食べたいもの」を食べるのはもちろんですが、歳をとって食べる量が減ってきました。食べることは、自分の責任です。親は子供に「食べる」ことの大切さを身につけさせることが必要ではないかと思います。「食べる」ことについて、皆がもっと大事にしたいのです。

レストランの役割2017年04月28日

また、数十年単位の話になりますが、70年前に戦争が終わった時、多くの人が「生きる」ためにとにかく食べる、そのためにいろいろな形で「食」を提供したのが食料品メーカーでした。その後10〜20年間はそれが当たり前でした。

それが変わるきっかけは1970年の万博でした。
人々の環境としては、団地が普及して核家族が増えました。家電製品、自動車も普及しました。世界の食、料理、材料が急に出回って、日本でもレストラン企業が出始めて、自分達の味を世間に提案していきました。そんな中で、自社のセントラルキッチンを最大限に活用して新しいメニューを自分達で作っていった企業はとても強かったのです。自分で取り寄せる安全な食材を、自分の決めたおいしい調理法で作り、あるいは下ごしらえをして、安全のために鍵をかけた保冷ケースに入れて、自分の手で直接お店に届けて、自分たちで調理してお客様にその場で食べていただく。「安全」を考えた時にはこれほど心強いことはありません。一方で、食料品メーカーは、セントラルキッチンを持たない会社のためにその会社用のオリジナルメニューを作ったりしながらメニューの研究を重ねました。

1980年代、ファミリーレストランを中心として日本の外食業界は産業として大発展します。店数が増えて売上も拡大し、上場する会社が続出します。しかし、その時に「利益追求」と「出店拡大」のために、肝心の「商品開発」「新しい価値の提案」が置いてけぼりにされてしまい、進化せずにマンネリ化してしまったのです。また、居酒屋業態の急激な拡大は、「店舗調理不要」の商品を必要として食料品メーカーに要求したため、メーカーはその技術と設備を整えました。

そして、1990年頃には、外食企業の商品開発力が弱くなってしまったので、食品メーカーは、居酒屋などとの開発経験を基にして、独自にあるいはコンビニエンスストアと組んで新しい商品を出し始めたのです。 最近はスーパーマーケットも独自の「食」の開発を提案しています。

そうなると、「買って帰って食べるのとレストランに行くのと違いはない」「サービスの悪い店に行って 食べるなら家で気持ち良く食べるのがいい」ということになりますね。では、レストランの役割とは何なのでしょうか?

私は、「お客様が、気持ち良く過ごして、おいしく食べて、うれしく帰る」場所をご用意することだと思います。「よい接客・きれいで快適な店・おいしく丁寧な料理」、人がやるからできることです。レストランは小売業ではありません。食べ物だけを売っているのではないのです。この話はまた続けたいと思いますが、今日はここまでです。皆さんも、考えてみたらいかがでしょうか?

フランチャイズ2017年03月31日

今月は「フランチャイズ」について話をする機会が多くありました。

フランチャイズシステムというのは、簡単に言うと、ビジネスを拡大したい人(フランチャイザー=「ザー」)と実績や経験がないけれどもそのビジネスをやりたい人(フランチャイジー=「ジー」)が契約 して、フィー(手数料)と引換にノウハウ・ブランド力・商品力などを得て事業展開をすることです。

今回、私がいろいろと考えたり話をしたり聞いたりして思ったのは、真のフランチャイズというものは  『お客様が幸せになる(豊かになる)思想とシステム』なのではないかということです。フランチャイズに  ついてそんな言い方は聞いたことがないという方があるかもしれませんが、今になって私が思っていることなのです。ブランドとしての体裁や利益や効率はもちろんですが、その会社やブランドが持っている   「思想」をザーとジーが共有しない限り繁盛して拡大することにならないからです。

店で働く人と、そのブランドに係わるスタッフ、経営陣が皆で、そのブランドの磨き上げに積極的にかかわること、それが底力になります。日本中・世界中に「良いFCが増えて欲しい」心からそう思います。


流通の激変2017年03月01日

宅配大手の会社が、これからの荷物取扱量を制限し、時間帯指定の時間帯の見直しをするという記事が先日から相次いで出てきました。その背景には、集荷・集金・配達・再配達の繰り返しによる集荷配達の現場では仕事の限界を超えていた、会社がその現状を認識して働く人の正しい労働環境を確保したいという思いがあるのだと思います。その原因となったのは、ネット販売の急速な成長と拡大によるものです。

日本の歴史を振り返ると、「店舗販売」「現金販売」が始まったのは340年余り前のことでした。それまでは、売る人が商品を持って各地を回る「訪問販売」「行商」だったのです。それ以来ずっと「店に品物を置いて売る」ということが一般的でしたが、この20〜30年で変わってきました。「通信販売」「テレフォンショッピング」「テレビショッピング」「インターネットショッピング」の成長により、「店」の建物がなくてもビジネスが成り立つようになったのです。

ここで、実店舗の有無で違うことは何でしょうか?
お店を構えるには、家賃・接客の人件費などが必要ですが、店がなければそれは不要です。
お店で売るにはお客様が来店するので送料は不要ですが、ネット販売では送料が発生します。そうなると差別化のポイントは、物流費・送料です。

そろそろ、インターネット価格競争時代に入ったようです。自分で物流のネットワークを持ち、商品のマーチャンダイジングを構築している会社は圧倒的に強くなります。品質と安全の保証ができること、中間マージンがなくなり流通コストが下がること、これは圧倒的な「強み」です。

一方で、「送料ゼロ」の時代は終わります。
「発送する人」「預かって届ける人」「受け取る人」のどちらにとっても、無理することなくどこかの負担が重くなりすぎることのない、正当な「送料」の確認が必要です。
外部に配達を依頼する以上は、きっちり支払いをしてプロの仕事に任せる。送料がかかっても欲しい商品を創り出し続ける、「送料ゼロ」かどうかか商品の選択の判断基準とならない圧倒的な魅力のある商品を作る、その「商品としての価値づくり」が決めてではないかと思います。

店舗費用がいらない分を送料にかけてでも商売が成り立つこと、お客様から買っていただくことのできる「いいもの」を少しずつ増やしていきたいですね。