前橋店オープン2019年03月22日

今年最初の店、前橋店がオープンしました。
店長と働く仲間の皆さん、おめでとう。

私達は、昨年、高倉町珈琲の展開について、全国の15万人の人口ごとに1店つくろうと決めました。
それによると最大150店の出店が可能です。積極的にフランチャイズも進めたいと思います。
店数を増やすことが目的ではなく、「いい店」をつくってお客様のお役に立つことが目的なのです。
地域のお客様に必要とされる店づくりを、しっかりとじっくりと進めていきます。

人と人のコミュニケーションの手段が随分増えて、顔を見なくても色々なやりとりができるようになりました。
でも、私は、直接、相手の顔を見て話しをすることはますます重要になっていると思います。
思い切りおしゃべりをして、おいしいものを食べて、気持ち良く過ごして、心がすっきりし、ストレスがなくなったりすると、元気になることができるのではないかと思うのです。お客様がお店を出る時には、
「よし、がんばろう」と前向きになることができたらいいですね。

私達は、「きれいな店で、おいしい飲み物と料理で、親切な接客で」お客様をお迎えしましょう。
調理や接客の技術も毎日の努力でレベルアップします。働く皆さんには、大切な時間を使って、活き活きといい仕事をして欲しいのです。笑顔の皆さんのいい店づくりを楽しみにしています。

築地の移転2019年03月06日

築地市場が豊洲に移転して数か月が経ちました。
築地では、場内の解体が進んでいて、場外は観光客の食べ歩きや買い物を中心ににぎわっていると聞いています。
一方で、豊洲の新市場は、事業者からの話は聞いていませんが、見学者(観光客)からは、動きづらいし、不親切だということを聞きました。

私が築地に入ったのは17歳の時ですから、60年以上前のことになってしまいました。
「築地大学」での在籍は4年間足らず、1955年から58年、昭和30年代の冒頭でした。
自分が未熟な部分はありましたが、それでも、「築地が日本の『食』の中心だ」ということは、毎日、身を持って感じていたことです。

築地の移転話は、私がいた頃から何度もありました。
まずは、月島へ移転する話、これは築地の場外市場組合の反対で、なくなりました。
つぎに、築地の工事をして地下を駐車場にして地上を市場にする話、これは、場内の組合も場外の組合も進めようとしたのですが、東京都からは費用がかさむということでなくなりました。
そして、大田市場へ移転する話、これは狭くてだめでした。
昨年秋、本当に時間がかかって遅れて、やっと豊洲市場が開場したのです。

60年経つと時代が大きく変わりました。
社会の変化・経済の変化・情報の変化・物流の変化・多くのことが変わったのです。
極端な言い方をすると、築地も豊洲も「プロの商売人が減った」ように感じます。
「市場」を通さなくても、商品が産地から買い手に届く仕組みが拡がって、市場の必要性がずいぶん減ったことも一つの理由だと思います。流通のための時間もかなり短縮されました。

私は、豊洲新市場にも、今の築地の場外にも行っていませんが、移転してしまった以上、場外でのプロ相手の商売が店売りだけでやっていけるとは思えません。また、別なことですが、小池知事の築地の跡地利用についての話は言っていることがコロコロ変わるばかりでとても評判が悪いです。

築地の場外の人の話では、市場の移転後場外で商売を続けていた店のうち、先月までには数店が店を閉め、今年中には30店余りが閉店する予定だということです。「場内」と「場外」というプロ向けの店が絶妙なバランスで商売をして成り立っていたのが築地だったのだなあと、私は今、しみじみと思います。

次回は、「伊勢龍」の話をします。

新年にあたって2019年01月01日

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

昨年の年頭に「高倉町珈琲を最高の会社にする」のが一番の私の仕事だとお知らせしました。
努力を重ねて「初めてできた取り組み」もいくつかありました。
しかし、まだまだ途上、基本にもどって「いい人・いい店・いい会社」づくりに取り組みたいと思います。
「きれいな店・おいしい料理・親切な接客」を全員で心にとめてお客様をお迎えすることが大事です。

体を大切にして、いい仕事をしましょう。

80歳の1年間2018年11月01日

昨日で80歳の1年間が終わり、本日、81歳になりました。
まずは、この1年365日無事に過ごすことができましたこと、皆様に感謝いたします。
本当にありがとうございました。

この1年を振り返ると、とても目まぐるしい毎日でした。
年が明けて春になった頃、テレビの「カンブリア宮殿」から出演の話をいただきました。初めてスタッフの方とお会いした時に、「こんな小さなチェーンで会社組織もまだしっかりしていないのにいいんですか?」と思わず聞き返したものです。しかし、結果としては「高倉町珈琲」を多くの人に知っていただく最大の媒体となりました。そして、これが会社としてのひとつの転機となりました。

また、思いがけずに日本経済新聞の「私の履歴書」掲載のお話をいただきました。一昨年、同社の「日経MJ」という新聞に「History 暮らしを越えた立役者」というコーナーの連載記事が掲載され、昨年にはそれがまとめられて単行本として発刊されました。その時の土台がありましたが、一か月間の本紙掲載というのは大きなお話でした。お蔭様で多くの方々に私のことや高倉町珈琲のことを知っていただくことができました。
私としても、80歳の区切りにあたって自分の人生を振り返り、いろいろなことを思い出したり、築地の話の頃に会社名が出たと連絡をいただいた方とお会いしたりしました。お見えになった方といっても、私が築地にいた頃には生まれていたかどうかというご年齢でした。ここでも自分で「随分前の話なんだなあ」と思いました。

そのほかにも、先のテレビや新聞をご縁に、または全然別のきっかけで、多くの方からの電話やメール、取材や面談、いろいろな方に会ってお話したりする機会をいただきました。こちらもありがとうございました。

さて、日々、感じることは「老いたなあ」ということです。
例えば、「八王子」と言っているつもりで実際には「国立」と言っていたり、ゴルフではドライバーの飛距離が短くなるばかりだったり、食べたくてもお腹に入る量が減ってしまったり、そんな肉体的なことです。

でも、「お若いですね」と言われては「やりたいことをやっているだけですから、まだ老けるわけにはいかないんです。」と答えています。今年は会社の転機、高倉町珈琲は20店にもなって、一緒に働く仲間も増えました。
これまで何度も挑戦してきたけれど、まだまだ、やりとげていない理想の店と会社づくり、そのために本日からまた毎日、努力を続けていこうと思います。これは、生きる気持ちと意志を強く持つこと、つまり人としての「いつも新鮮」です。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。