若いからできる2018年02月22日

ピョンチヤンオリンピックの熱戦が続いています。
私も各種目を応援しながら観ていますが、なんだかひっかかる言葉があります。
それは「若いのにすごい」という言い方です。

アナウンサーにしろ、レポーターにしろ、自分よりも若い人に対して「年長者」として言っているようです。経験年数がそう多くないのに、年齢が若いのに、良い結果を出したからすごいと言いたいようですが、私はそうではないと思います。「若いからできる」のです。

これまた昔のことですが、「人間の身体能力のピークは18歳だ」と言っていた人がいて、私もなるほどと思っていました。どんなスポーツでも、「環境」と「指導」によって、伸びしろのある10代の柔軟な時期にやるべきことをやっていれば、結果を出すことができるのではないかと思うのです。

一方で、年齢を重ねてから開花する、または好調を維持できている人もいます。
それは、仕上げの状態のレベルにまで持っていくことが出来たからだと思うのです。
成長の芽が出たら、厳しい環境の中で、しっかり育てないといけません。
子どもの時に自分のやりたいことを見つけることができて、その道に進めることは幸せだと思います。

私が築地で修業したのは、10代の後半でした。おやじさんは厳しくて、毎日細かいことをいろいろと言っていました。「輪ゴムは洗って使い直せ」とか「曲がったくぎは伸ばして使え」など、その時の私には「なんだ、おやじさんは本当に口うるさいな」と思っていました。
でも、大分後になってから、「あの時に叱ってもらったことが今の私につながっていたのだ」とやっとわかったのです。「ものを大切にする」という商売の原点を「具体的なこと」で体にしみつくように教えてくれていたのです。若い本人からは嫌がられるとしても、その人の将来のために必要なことを言い続けるのが親や指導者の役目です。

現代の仕事でも同じことです。新しいスタッフがお店に来たら「どうやったらお客様に喜んでもらえるか」「何をしたらいけないのか」「私達の店は何をするのか」をじっくりと教えて、見守りながら指導する、そして、いい仕事ができる働きやすい環境をつくると、よい人はどんどん伸びていきます。

元気に活躍する人を、一人ずつ、丁寧に育てたいものです。

仕事への思い2018年01月01日

あけましておめでとうございます。

私は講演など話をする機会をいただく度に自分の過去を振り返ります。
昨年は、80歳という区切りだったこともあり、また、いろいろと思い出したりしました。

私は、子供の時には「生きるため」に働き、中学卒業後は「自分で食べるため」に働き、築地に入る時には「独立するため」に働いていました。そして、独立してからの次の目標は「日本一になること」にしました。これは兄弟4人で決めたことです。それからの数十年を振り返ると、3つの仕事の仕方をしてきたように思います。

まず、「商売の実践の場」としての仕事です。食料品店の品物もすかいらーくのメニューも「安全で品質がよくておいしいもの」を徹底的に追求し、ないものは依頼してつくってもらう(後にセントラルキッチンを作ってからは自分でつくったものもありました)ことにこだわり続けました。それでお客様に喜んでいただくと、しっかりと利益をいただくことをできることがわかった時期です。この時には、会社全体としては役割分担がありましたので、私の範囲では「商品と仕入」が中心でした。

次は、「経営の実践の場」でした。1980年の「ジョナサン」というコーヒーショップを皮切りに、グループ内で次々に誕生する新しい会社の社長や会長の仕事をいくつかやりました。台湾ですかいらーくを展開する会社・アメリカでベイクドポテトを製造する会社・アメリカのグルメバーガー「レッドロビン」・グループ全体の仕入れをする会社・保険とリゾートの会社もあり、いろいろな場所でいろいろな人と仕事をしました。すかいらーくは4人の兄弟での全体経営でしたが、別の会社となれば私は「社長(会長)」です。  そこでわかったのは、業種にかかわらず「会社を一瞬のうちに成長させる方法などない」ということです。ひとつひとつのことを基本に忠実に丁寧に仕事すること、それを5年10年と積み重ねることなのだと実感しました。

そして今、高倉町珈琲で「最高の会社づくり」をしているところです。私の経営人生には挫折が多くありましたが、だから、また、目標に向かって仕事をしたいのです。人が仕事をする時に、その人の能力は大切ですが、もっと大切なのはその人の心です。それは、自分の生き方に対する強い思いがあるかどうかです。
人生はどうでもいいと思っている人は、いい生き方・いい仕事はできませんが、自分の人生はこうしたいんだと強く思っている人は、毎日が忙しくても充実して過ごすことができるのだと思います。
いい人を育てて、いい店と店長を育てて、働く人にも周りにも喜んでもらえる「いい会社」に向かって進みたいのです。

今年もどうぞよろしくお願いします。

公益資本主義2017年07月19日

先日、「公益資本主義」という言葉を掲げている、原丈人(はらじょうじ)さんという方の記事を読みました。

ひと言でまとめてしまうには無理がありますが、私なりに説明するとしたら、「金融や株主中心の金儲け資本主義ではなく、会社の事業を通じて働く人やお客様・社会・地球全体に貢献するという新しい資本主義を実現したい」と言っている方です。

私はまだ全体を理解していないかもしれませんが、「金融に係わった人の中にもこのように考える人がいるのだ」と、とても納得し、安心しました。昨日亡くなった日野原さん、ホンダ創業者の本田宗一郎さんの考え方とも相通じるものがあるように思います。そして、私も会社もそのようにしたいといつも考えて行動しています。

お金を出した人が儲かることが最優先、ということだけでは、皆が気持ち良く働き生活する社会はできません。「関係する人が皆、よりよい日々を過ごすために」働いて、利益を得て、消費をするのです。この考え方は是非、多くの人に知ってもらいたいと思います。何が「良い」会社なのか、その判断材料となる、とても大切な考え方だと思います。

日野原さんの訃報に思うこと

昨日、日野原重明さんの訃報が伝えられました。
「生涯現役」を掲げて毎日を過ごされた105年間、本当にご立派だったと思います。

私が日野原さんについて思うのは、「世界中の誰にもできないことをして、新しい価値をつくり、利益を得て、未来へ投資し続けた」方だということです。

まもなく「死」を迎える人が過ごす時間を、安らかな環境と心でゆったりしてもらう、そんな考え方、完全独立型のホスピスはそれまでになかったこと、お金があっても死は避けられない、そのことを認識していた人の要望に応えて、必要とされることを提供した、その価値は図り知れないものだったと思います。集まったお金や得た利益は、未来の子供たちのために、また今の病院をもっと良くするために使う、まさに「社会の役に立つ」ことを実践され続けたと思います。お金をどのように集めて何のためにどのように使うか、経営者としての感覚と判断力が際立っていたのです。

9年前に、横浜のあるイベントでご一緒したことがありました。気さくな方で偉ぶらず、誰にでもやさしく話しかける、にこやかな方だった印象があります。

日野原さんの志は、私個人としても、会社としても、世界中の人が皆、いつも心に持っていたいものです。四半世紀の先輩に敬意を表し、私も見習って毎日を過ごしたいです。
ご冥福をお祈りいたします。