社会に出る皆さんへ2018年04月01日

社会人となる皆さん、ご就職おめでとうございます。
今日は、皆さんが社会人となるにあたって、自分の人生の岐路で考えてみたらどうかと思うことをお伝えします。それは、自分の仕事は、自分の人生だということです。

また、私の昔話になりますが、よかったら読んでください。
細かい部分なのでいつも私の略歴では省略していますが、中学校の卒業は15歳、そして築地に入社したのは17歳です。実は、一度上京して就職していたことがあります。
中学校を卒業の前には学校からのあっせんで「海苔屋」への就職が決まっていたのですが、近所の人からの話で「日本一の冷蔵庫の会社に来ないか」と言われたことに興味を惹かれて先生からは怒られましたが、そちらに行ってしまったのです。
 ただ、時代は激変の頃1953年、東京オリンピックの10年ほど前、家電製品の登場です。氷を入れて冷やす木製の製造庫はあっという間にすたれてしまいました。会社自体もひどい会社で、私は体を壊したことをきっかけにやめて一旦故郷に戻りました。

 体を治しながら、いろいろと考えました。そして、私は「貧しいから家を出て仕事をして、ご飯をお腹一杯食べたい」ということしか考えていなかった、これからの自分は、どの業界に行って、どの会社を選んだらいいか、何にも考えていなかったことがわかったのです。それからまた考えて考え抜いて、「食」の仕事なら、毎日関係することだし、つぶれないだろうし、商売を身につけたら自分で独立できるだろうと、自分で行く道を決めたのです。

 当時の食の中心地、築地で仕事をしたいと思いました。つてがないことには話も聞いてもらえません。つてがあって頼んでみても断られました。それでも、どうしてもそこで仕事がしたい。頼みこんで、とにかく頼み込んで、つかんだ仕事でした。

 仕事は、「どんなことをしたいか」という業種と「どんな会社でしたいか」を自分で選んで決めることが大事です。そのためには、「業種」と「会社」の状況を把握できないといけません。どちらも、誕生期・成長期・安定期・衰退期のどのあたりにいるのか、自分で判断する必要があります。

 そして、最後に大事なことは、どんな上司かということです。でも、これは選ぶことができません。「業界」「会社」「上司」、仕事を始めてみて、このうちのどれかが自分の人生にとって明らかに違うという時には、見切りをつけることも必要です。若い皆さんにはまだまだ時間があります。自分の人生をかけるのにふさわしい仕事を見つけて、思い切り仕事をしてください。どうぞ、実り多き人生を!

大井町店オープン2018年03月23日

今年最初の「高倉町珈琲」、大井町店がオープンしました。
店長と働く仲間の皆さん、おめでとう。

いい店ができました。
今回は、完成の確認時に、細かいところのやり直しを随分お願いしましたが、取引先を含めた関係先の全員の尽力により、とても良い出来上がりになりました。明るくて、中の様子もわかるので、安心して「入ってみようか?」と思わせてくれるように思います。デザインもきれいに出来上がり、お客様が気軽に気持ち良くお過ごしいただけるのではないかと思います。

それから、新店で働くことになったクルー(地域社員)の皆さんが、とても元気です。
ここで、「高倉町珈琲」で仕事をする時の一番大切なことを確認しましょう。
それは、「きれいな店で、親切な接客で、おいしい料理をお出しする」ということです。
高倉町珈琲をまだ知らないお客様には、まず知っていただき、気に入っていただき、またご来店いただく、一人一人がそんな気持ちを大切に、仕事をしましょう。

皆さんの笑顔が、仲間やお客様を元気にすることがあるかもしれません。
さあ、張り切って仕事しましょう。


若いからできる2018年02月22日

ピョンチヤンオリンピックの熱戦が続いています。
私も各種目を応援しながら観ていますが、なんだかひっかかる言葉があります。
それは「若いのにすごい」という言い方です。

アナウンサーにしろ、レポーターにしろ、自分よりも若い人に対して「年長者」として言っているようです。経験年数がそう多くないのに、年齢が若いのに、良い結果を出したからすごいと言いたいようですが、私はそうではないと思います。「若いからできる」のです。

これまた昔のことですが、「人間の身体能力のピークは18歳だ」と言っていた人がいて、私もなるほどと思っていました。どんなスポーツでも、「環境」と「指導」によって、伸びしろのある10代の柔軟な時期にやるべきことをやっていれば、結果を出すことができるのではないかと思うのです。

一方で、年齢を重ねてから開花する、または好調を維持できている人もいます。
それは、仕上げの状態のレベルにまで持っていくことが出来たからだと思うのです。
成長の芽が出たら、厳しい環境の中で、しっかり育てないといけません。
子どもの時に自分のやりたいことを見つけることができて、その道に進めることは幸せだと思います。

私が築地で修業したのは、10代の後半でした。おやじさんは厳しくて、毎日細かいことをいろいろと言っていました。「輪ゴムは洗って使い直せ」とか「曲がったくぎは伸ばして使え」など、その時の私には「なんだ、おやじさんは本当に口うるさいな」と思っていました。
でも、大分後になってから、「あの時に叱ってもらったことが今の私につながっていたのだ」とやっとわかったのです。「ものを大切にする」という商売の原点を「具体的なこと」で体にしみつくように教えてくれていたのです。若い本人からは嫌がられるとしても、その人の将来のために必要なことを言い続けるのが親や指導者の役目です。

現代の仕事でも同じことです。新しいスタッフがお店に来たら「どうやったらお客様に喜んでもらえるか」「何をしたらいけないのか」「私達の店は何をするのか」をじっくりと教えて、見守りながら指導する、そして、いい仕事ができる働きやすい環境をつくると、よい人はどんどん伸びていきます。

元気に活躍する人を、一人ずつ、丁寧に育てたいものです。

仕事への思い2018年01月01日

あけましておめでとうございます。

私は講演など話をする機会をいただく度に自分の過去を振り返ります。
昨年は、80歳という区切りだったこともあり、また、いろいろと思い出したりしました。

私は、子供の時には「生きるため」に働き、中学卒業後は「自分で食べるため」に働き、築地に入る時には「独立するため」に働いていました。そして、独立してからの次の目標は「日本一になること」にしました。これは兄弟4人で決めたことです。それからの数十年を振り返ると、3つの仕事の仕方をしてきたように思います。

まず、「商売の実践の場」としての仕事です。食料品店の品物もすかいらーくのメニューも「安全で品質がよくておいしいもの」を徹底的に追求し、ないものは依頼してつくってもらう(後にセントラルキッチンを作ってからは自分でつくったものもありました)ことにこだわり続けました。それでお客様に喜んでいただくと、しっかりと利益をいただくことをできることがわかった時期です。この時には、会社全体としては役割分担がありましたので、私の範囲では「商品と仕入」が中心でした。

次は、「経営の実践の場」でした。1980年の「ジョナサン」というコーヒーショップを皮切りに、グループ内で次々に誕生する新しい会社の社長や会長の仕事をいくつかやりました。台湾ですかいらーくを展開する会社・アメリカでベイクドポテトを製造する会社・アメリカのグルメバーガー「レッドロビン」・グループ全体の仕入れをする会社・保険とリゾートの会社もあり、いろいろな場所でいろいろな人と仕事をしました。すかいらーくは4人の兄弟での全体経営でしたが、別の会社となれば私は「社長(会長)」です。  そこでわかったのは、業種にかかわらず「会社を一瞬のうちに成長させる方法などない」ということです。ひとつひとつのことを基本に忠実に丁寧に仕事すること、それを5年10年と積み重ねることなのだと実感しました。

そして今、高倉町珈琲で「最高の会社づくり」をしているところです。私の経営人生には挫折が多くありましたが、だから、また、目標に向かって仕事をしたいのです。人が仕事をする時に、その人の能力は大切ですが、もっと大切なのはその人の心です。それは、自分の生き方に対する強い思いがあるかどうかです。
人生はどうでもいいと思っている人は、いい生き方・いい仕事はできませんが、自分の人生はこうしたいんだと強く思っている人は、毎日が忙しくても充実して過ごすことができるのだと思います。
いい人を育てて、いい店と店長を育てて、働く人にも周りにも喜んでもらえる「いい会社」に向かって進みたいのです。

今年もどうぞよろしくお願いします。